電気の分野では虚数単位をjで表す。複素数については教科書pp.51-56に書いてある内容は既知であるから講義しない。オイラーの公式
exp jθ=cosθ + j sinθ
は何種類の証明を皆さんは知っているだろうか。尚、そろそろ皆さんはTeXに慣れてきたであろうから、複雑な数式はTeXの記法で書くことにする。こうすると、いたずらにbmpファイルを増やさずに済む。
(1) 直交形式 複素数zは2つの実数x,yにより
z = x + j y (5-1)
と表されれる。xをzの実部といいx=Re zと書く。yをzの虚部といいy=Im zと書く。(5-1)の表現を直交形式(Cartesian form)という。
(2) 極形式
(5-1)は
z= r exp θ (5-2)
と書き直すことができる。ただし、
r=(x^2+y^2)^{1/2}
で
θ= arctan (y/x)
である。これを極形式(polar form)という。
r=|z|, θ=arg z
と書く。
(3) フェーザ形式
複素数zを極表示したときのr とθを用いて
(5-3)
と表すとき、これをフェーザ形式という。フェーザ形式は極形式そのものである。交流理論では、極形式の複素数を図的に表現することを背景に、最近はフェーザ形式という用語を用いるのが欧米を含め一般的である。
注、 昔はzを図で表したときに、ベクトルに似ているので、ベクトルと呼ばれたこともあった。ベクトル軌跡という用語はそのときの名残である。複素数とベクトルは明らかに異なる数学的概念であるので、極形式の複素数を図的にみるときに、フェーザという言葉を対応させることが推奨されるようになった。
(1) 正弦波
a(t) = \sqrt{2} A_e sin(ωt+φ) (5-4)
は複素数
A=A_e exp(jφ) (5-5)
を用いると
a(t)=Im[\sqrt{2} A exp(jωt)] (5-6)
と表現される。この意味で、複素数Aを正弦波(5-4)のフェーザ表示(phasor equivalent)あるいは複素表示(complex representation)という。また、a(t)は時間関数という。
(2) 同じ角周波数の2つの正弦波の和のフェーザ表示
a_1(t) = \sqrt{2} A_{e1} sin(ωt+φ_1)
a_2(t) = \sqrt{2} A_{e2} sin(ωt+φ_2)
に対して、そのフェーザ表示を
A_1 = A_{e1} exp(jφ_1) ,
A_2 = A_{e2} exp(jφ_2)
とする。このとき、
a(t)=a_1(t)+a_2(t)
=\sqrt{2 }Im[A_1 exp(jωt) + A_2 exp(jωt)]
=\sqrt{2} Im[(A_1+A_2)exp(jωt)]
となるので、a(t)=a_1(t)+a_2(t)のフェーザ表示はA_1+A_2となる。
(3) 正弦波の微分のフェーザ表示
a(t)=Im[\sqrt{2} A exp(jωt)]
とする。このとき、
a'(t) = Im[\sqrt{2} jωAexp(jωt)]
となる。したがって、a'(t)のフェーザ表示はjωAであることがわかる。同様に、
\int a(t) dt
のフェーザ表示は
A/(jω)
となる。
図5-1の回路を考える。
図5-1 RLC回路
電源電圧を
e(t)=\sqrt{2}E_e sin{(ωt+φ)} (5-7)
とする。すなわち、電源電圧のフェーザ表示を
E=E_e e^{jφ} (5-8)
とする。このとき、電流i(t)のフェーザ表示をIとすると、図5-1の回路の回路方程式
Ldi/dt + Ri + (1/C)\int i dt = e (5-9)
から、
(jωL I + R +1/(jωC))I = E (6-10)
が成立するのがわかる。
Z=jωL I + R +1/(jωC) = R+j(ωL-1/(ωC)) (6-11)
と置けば、
I=E/Z (6-12)
を得る。これから
|I|=|E|/|Z| , arg I = arg E - arg Z (6-13)
を得る。時間波形では
i(t)=\sqrt{2}I_e sin{(ωt + φ -θ) (6-14)
とすると
I_e=E_e/|Z|, θ=arz Z (6-15)
となる。ここに、
|Z| = \sqrt{R^2 + (ωL-1/(ωC))^2}
arg Z= arctan((ωL-1/(ωC))/R) (6-16)
である。
(6-11)のZは
Z=E/I (6-16)
で定義されている。このように、フェーザ電圧Eとフェーザ電流Iの比E/Iとして定義されるZは抵抗の拡張のようにみることができる。これをインピーダンス(impedance)という。
E=ZI (6-17)
が成り立つ。この式は
I=YV (6-18)
とも書ける。ただし、Y=1/Zである。Yをアドミタンス(admittance)という。
注 Zは複素数でフェーザであるが正弦波関数が対応はしていない。
(1) (参考書から) 交流回路にフェーザを用いるのは1877以降、レイリーとヘビサイドによって始められた。しかし、実際に電気の分野で普及させたのはケネリーとシュタンインンメッツで1893年以降である。
(2) (リンク) John William Strutt Lord Rayleigh(Born: 12 Nov 1842 in Langford Grove (near Maldon), Essex, England, Died: 30 June 1919 in Terling Place, Witham, Essex, England)
(3) (リンク) Oliver Heaviside(Born: 18 May 1850 in Camden Town, London, England Died: 3 Feb 1925 in Torquay, Devon, England)
(a) ベクトル解析を作り上げ、Maxwellの方程式を現在の形に定式化した。
(b) 1880 から1887の間に演算子法(pdf)を開発した。
(c) 1887に大洋間通信にinduction coilsを加えるべきとの提言をした。
(d) 1902 Kennelly-Heaviside Layerが存在することを予想した。
(e) Heaviside step functionでも有名。
(4) (リンク) Arthur Edwin Kennelly (「ケネリーは1893年に the American Institute of Electrical Engineers (AIEE)の発行する雑誌に、"Impedance"に関する論文を書いた。これにより複素解析の手法を用いてdc解析と同様な解析がac解析で行えるようになった。」との記述がある。)
(5) Charles Proteus Steinmetz (1865-1923) 1865年4月9日にBreslau, Prussiaに生まれる。1889にアメリカに移り、General Electric in Schenectadyに勤める。1902年からNew York city's Union Collegeの教授となる。(1) マグネチックヒステリシス (2) 交流電流(Wechselstrom) を計算するためにの複素数を用いた簡便な方法の発展などに貢献があった。著書に
C.P.Steinmetz, Theory and Calculation of Alternating Current Phenomena, McGraw-Hill Book Co., Inc., New York, 1916
インピーダンスは複素数であるから
Z=R + jX
と書ける。ただし、RとXは実数とする。Rを抵抗部、Xをリアクタンス部という。同様に、Y=1/Zも
Y=G + jB
と書ける。ただし、GとBは実数とする。Gをコンダクタンス、Bをサセプタンスという。
(1) インピーダンスとアドミタンスを総称してイミタンスという。
(2) フェーザ図(ベクトル図ともいう)
単一角周波数の独立電源を含む回路のあるフェーザ電圧とフェーザ電流を同一複素平面に図示した図(diagram)をフェーザ図という。2つの複素数の振幅の違いと位相差がみたいので、基準となるほうのフェーザの位相を0として他方のフェーザの位相が丁度位相差になるように表示すると見やすい。
図5-2のRC直列回路を考える。
図5-2 RC直列回路
E=10[V]でω=2πf=120πである。Z=R+1/(jωC)=10-j/(120*10^{-4})=10-26.5258j[Ω]となる。
|Z|とarg ZをMATLABで計算すると次のようになる:
>> k=1/(120*pi*0.0001)
k =
26.5258
>> az=sqrt(5^2+k^2)
az =
26.9929
>> s=-atan(1/(120*pi*0.0001*5))
s =
-1.3845
>> s*180/pi
ans =
-79.3253
よって、Zのフェーザ形式は
となる。また、フェーザ電流Iは
I=E/Z
で与えられるから
を得る。
図5-3 RC直列回路のフェーザ図
時間関数は
e(t)=\sqrt{2} 10 sin{120\pi t}
に対して
i(t)=\sqrt{2}*0.3705 sin(120 \pi t + 1.3845)=0.5240 sin(120 \pi t + 1.3845)
となる。
図5-2をネットリストとして表すと
ac r-c circuit
v1 1 0 AC 10V
r1 1 2 5
c1 2 0 100u
.AC lin 1 60Hz 60Hz
.END
となる。このファイルがc:\SpiceOpus\ex\ac10.cirであるとして、Spiceで解析した結果を以下に示す。
SpiceOpus (c) 1 -> c:\SpiceOpus\ex\ac10.cir
Circuit: ac r-c circuit
SpiceOpus (c) 2 -> run
Warning: v1: has no value, DC 0 assumed
SpiceOpus (c) 3 -> print i(v1)
i(v1) = -6.86229e-002,-3.64056e-001
SpiceOpus (c) 4 -> print mag(i(v1))
mag(i(v1)) = 3.704671e-001
SpiceOpus (c) 5-> print atan(imag(i(v1))/real(i(v1)))*180/pi
atan(imag(i(v1))/real(i(v1)))*180/pi = 7.932525e+001
これは先の解析と一致することがわかる。
(2) RC並列回路
図5-4のRC並列回路を考える。
図5-4 RC並列回路
ネットリストは
ac r-c parallel circuit
v1 1 0 AC 10V
r1 1 0 5
c1 1 0 100u
.AC lin 1 60Hz 60Hz
.END
このファイルがc:\SpiceOpus\ex\ac11.cirであるとして、Spiceで解析した結果を以下に示す。
SpiceOpus (c) 10 -> c:\SpiceOpus\ex\ac11.cir
Circuit: ac r-c parallel circuit
SpiceOpus (c) 11 -> run
Warning: v1: has no value, DC 0 assumed
SpiceOpus (c) 12 -> print i(v1)
i(v1) = -2.00000e+000,-3.76991e-001
SpiceOpus (c) 13 -> print mag(i(v1))
mag(i(v1)) = 2.035220e+000
SpiceOpus (c) 14 -> print atan(imag(i(v1))/real(i(v1)))*180/pi
atan(imag(i(v1))/real(i(v1)))*180/pi = 1.067475e+001
これからフェーザ電流Iは
で与えられる。
問 手計算で以上の結果を確認せよ。
略解 Y=1/R+jωC=0.2+0.0377jより
I=YE=(0.2+0.0377j)10=2+0.377j
(3) RL直列回路
図5-5 RL直列回路
図5-5の回路において、
Z=R+jωL=5+120\pi 0.01=5+j3.7699 [Ω]
MATLABにより
>> abs(z)
ans =
6.2620
>> a=angle(z)
a =
0.6460
>> a*180/pi
ans =
37.0156
と計算できるので、
Z=6.262e^{0.646j}
よって、
I=E/Z=10/Z=1.5969e^{-0.646j}
Spiceによる解析
ネットリストは
ac r-l circuit
v1 1 0 ac 10
r1 1 2 5
l1 2 0 10m
.ac lin 1 60 60
.end
となる。この内容のファイルが c:\SpiceOpus\ex\ac12.cir であるとしてSpiceで解析を行うと次のようになる。
SpiceOpus (c) 15 -> c:\SpiceOpus\ex\ac12.cir
Circuit: ac r-l circuit
SpiceOpus (c) 16 -> run
Warning: v1: has no value, DC 0 assumed
SpiceOpus (c) 17 -> print i(v1)
i(v1) = -1.27511e+000,9.614121e-001
SpiceOpus (c) 18 -> print mag(i(v1))
mag(i(v1)) = 1.596942e+000
SpiceOpus (c) 19 -> print atan(imag(i(v1))/real(i(v1)))*180/pi
atan(imag(i(v1))/real(i(v1)))*180/pi = -3.70156e+001
(4) RL並列回路
図5-6の回路を考える。
図5-6RL並列回路
Y=1/R+1/jωL=0.2-0.2653j
より
I=YE=2-2.653j
Spiceによる解析
ac r-l circuit
v1 1 2 ac 10
r2 2 0 0.000000000001
r1 1 0 5
l1 1 0 10m
.ac lin 1 60 60
.end
SpiceOpus (c) 22 -> c:\SpiceOpus\ex\ac13.cir
Circuit: ac r-l circuit
SpiceOpus (c) 23 -> run
Warning: v1: has no value, DC 0 assumed
SpiceOpus (c) 24 -> print i(v1)
i(v1) = -2.00000e+000,2.652582e+000
ここでは、電圧源に微小内部抵抗を考えている。
©大石進一